コラム

嫌な気持ちと向き合う

 いろは教室で授業をする際、私はその授業がなるべく楽しく、生徒が笑顔になるように心がけています。ですので、しょっちゅう冗談を言うし、生徒の話も可能な限り聞くようにしています。
 それは生徒が、勉強と負の感情を結びつけないようにしてほしいからです。授業が退屈だったりしんどいものだと、勉強というものがそういうものだと心に刷り込まれてしまいます。それは人生の損失です。

 ですが、勉強というものには負の感情がつきまとうものです。計算問題も漢字の書き取りも、繰り返さないといけない。しかし、繰り返しというのは退屈なものです。難解な文章を読むことは疲れますし、一生懸命考えて、苦労して出した答えが間違っていたら、イライラするし無力感すら感じてしまいます。
 中には勉強していても、そんな気持ちにならない、勉強は楽しい!なんて子もいるでしょう。教える身としてはその方がありがたいですが、しかしまぁ、実際のところ大抵の子は先に述べた通りの気持ちを抱くのが自然でしょう。

 ただ、こうした嫌な気持ちに誠実に向き合うことができるかどうかが、成長できる人になれるか否かの分かれ目なのかもしれません。退屈やイライラといった気持ちは自然なもので、それを完全に抑え込むことはできません。
 じゃあどうしようか、と考えられるかどうか。「ただ繰り返すだけでは面白くないから、どれだけ早くできるか記録してみよう」「今回間違えたおかげで、次は間違えないで済むと考えよう」という風にポジティブに考えてみたり、そうでなくても、「まぁ、勉強は必要だろうからしょうがいけど頑張ろうか」と多少ネガティブでも気持ちに折り合いをつけたりして、前に進むことができる人はたとえゆっくりでも成長できるでしょう。
 反対に嫌な気持ちに向き合えない人は、再チャレンジすることを恐れたり、そもそも間違いを認めずにそれを正そうとか、改善しようといったことに着手できず、結局同じ間違いを繰り返してしまいます。

 おそらく大切なことは、まずその嫌な気持ちを認めることだろうと思います。その上でその理由や原因となった事実に、ごまかさずに真摯に向き合うことです。計算や漢字を間違えたのは、たまたまではなくて練習が足らないから、文章が読めないのは言葉を知らないから、本をきちんと読んでいないから。こんな勉強は将来使わないからやらなくていいなんて、自分の都合の良いように考えずに、自分の失敗や課題に真剣に向き合う、そうした気持ちを養うことも勉強の役割のひとつなのかもしれません。